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2007.08.20.Mon
何が真実か
なんだかコチラに書くのは久しぶりのような気がするな。

一昔前まで何か表現したい衝動に駆られて、
いわば書くことに一種の切迫感を持っていた時期があったのだけれど、
どうもそれは若さゆえの衝動だったのか、それとも、
またこれからもやってくるのかは今の所保留ではあるけれど、
表現者としての自分の中にあった熱いモノは、
もはや下火となって、これから先も再燃する事は
そうは無いのかもしれないとふと思っていたりもする。
もっともそれはかなり寂しいことではあるけれども、しょうがない。
もうそういうのには慣れた。むしろ食傷気味なくらいだ。
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閑話休題


マズローの段階的欲求説によれば食欲は基礎的な欲求だったと思う。
基礎的欲求の充足は本来満足感や充足感を与えるはずなのだが、
どうも満足感や充足感はほとんど得られてはいないらしい。
食べると言う行為が、ただのエネルギー補給の作業になっている
のも一つの理由ではあるけれど、
純粋に食べるという事に嫌悪感を覚えているんじゃないかと思う。
それに気付いた時はかなり凹んだのはまぁ言うまでも無い。
本能的に自分も必要なエネルギーを取るのだけれど、
食べ終わった後は何故か空しい自分が居た。

食べるという事は生きるという事と同じことなんだと思う。
そして食べる事に対する嫌悪感と空虚さ。

して、これから導き出された結論は・・・

今自分あまり生きてません。だからエネルギーいりません。

そんなところ。無意識が実感となって体に出てきてるんかな。
うん、確かに今ならふと消えてもそんなにあれかもしれないな。
上手く言葉に出来ないから書かないけどさ('-'*)フフ

DSC02593.jpg

閑話休題


光は光の中では光を放てず自己の存在の境界を認知されない。
膨大な闇の中でこそ光は光としての存在を自覚し認知される。

欲は否定的に考えてはいけないのだろうな。
不浄であり汚濁であるのだけれども、その中からしか美は生まれない。
それが人の本質なのではなかろうかと自分は思う。

それゆえに欲を否定するのはお門違いなんだと最近分かった。
欲という獣を飼いならすため自己を高める事こそが肝要なんだと。

うむ。これについてはもう少し色々と考える価値はありそうだな。
そして多分仏教だなこれは・・・。

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行く河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず 
よどみに浮かぶ泡沫は 且つ消え 且つ結びて
久しくとどまりたるためしなし
世の中にある人と住家と またかくの如し
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